私たちイスラム教徒は、
ラマダンになると
断食を開始します。
イスラム教徒ではない人からは
何のために辛い断食を
約1か月も行うのか
不思議な目で見られることが多いです。
そこで!
今回はなぜ私たちが
ラマダンの月に
断食をするのか、
そもそもラマダンとは何なのか
断食の内容、
断食をする目的について
詳しく説明したいと思います。
イスラム教の断食ラマダンとその意味
ラマダンとは、
イスラム歴において9番目の月を指します。
このラマダン月は
イスラム教徒にとって
神聖な月であり、
この時期に断食することで
神様への感謝、
食べ物への感謝、
食べたくても
お金がなくて食べられない人の
気持ちの理解を深めることを大事としています。
イスラム教の断食の期間は日の出から日の入りまで
ラマダンは、
新月が見えた日から始まり
また新月が見えるまでの
約1か月間です。
この間、
日の出から日の入りまで
飲食、喫煙、異性との接触を禁じ、
日が沈んだら、
なるべく大人数で
食事を共にします。
大人数が勧められるのは、
より社会的な絆を強くするためと
言われています。
ラマダン断食中は水も禁止
断食中は水はオッケーなんでしょ?
とイスラム教を知らない人に
よく聞かれます。
実は、水もだめです。
厳しい人は、自分の唾液すら吐き出しています。
食欲よりも、
水が飲めないというほうが
かなりきついんですよね。
ラマダンの断食は正直キツイ。時々頭痛が・・・
実際、
今年は私にとって3度目の
ラマダンですが
まだまだ絶食に慣れず、
日中は低血糖と脱水で
頭がぼーっとして非常にきつかったです。
マレーシア人の友人は
「ラマダーン大好き。」
と言っていましたが、
まだまだ私には楽しむ余裕がありません…
頭の中が食欲と邪念だらけになって自己嫌悪に陥るばかりです。
断食ラマダンの日の入り最初の食事はイフタールという
日の入りが終わった
最初の食事をイフタールといいます。
やっと食べれる!
と思ってがっついて食べると、
胃もたれして苦しくなったり、
お腹を壊したりします。
そんなときにおすすめなのが、
ハリラと呼ばれる豆のスープ。
豆や牛肉、玉ねぎを
ことこと煮込んで
胃に優しくできています。
ほんのり優しい甘さが
口の中に広がり、
絶食に耐えた体に染み入ります。
国によっても
イフタールの初めに
何を食べるかは異なっていて
モロッコはハリラ
エジプトはデーツ入りミルク
キルギスは水
イランは白湯
知っている限りではこのような感じ。
大きなモスクでは
無料の食事が配られ、
道端にはテーブルが並べられ
皆でご飯をともにします。
いろんな人が
同じ食卓でご飯をするので
普段聞けない話が
たくさん聞けて面白いですよ。
逆に日の入り前の食事は、
エネルギーが長く持つ
ドライデーツや、
深夜に食べても胃もたれしない
おかゆやうどんなどが
望ましいです。
といってもお腹がすきすぎてがっつり食べちゃうんですけどね。
断食ラマダンをしなくていい人は妊婦、病人
中には、
ラマダンをしなくていい人もいます。
病気にかかっている人、
旅行者、妊婦さんなどは
ラマダーンの決まりを免除されます。
断食ラマダン明けのお祭り、イードについて
ラマダーンが終わった日には
イードと呼ばれるお祝いが開かれます。
ここでは、
大勢のムスリムの皆で
「ラマダン明けおめでとう!!」
と挨拶をかわし、
食事を共にします。
また、貧しい人たちにも
食事を配り、
自分の収入に見合った寄付をします。
私は今年
どこに寄付しようか迷って、
WFP(国際連合世界食糧計画)に寄付をしました。
ラマダンをすると
ホームレスの人や
道端で座り込んでいる人を見ると
この上なく同情心がわきます。
お腹すいてるだろうな、
お腹すいてたら、未来のことなんて考えられないだろうな。
よし!食べ物をもっていこう!
という発想が自然と出るようになり
今では進んで食べ物を届けるようにしています。
ラマダンをして、他人に優しくなれる
ラマダンを通して、
私は食の大切さ、
生きていることの有難さを体感しました。
また、寄付をすることで
自分だけではなく
誰かを幸せにできているという
新たな喜びを知りました。
まだまだムスリムとして
未熟ではありますが、
これからも熱心に勉強を続けたいと思います。
日本人ムスリムとして生きる難しさについてはこちらにまとめています。
コメントを残す